ワインにもピッタリ!「のびのび」の挑戦

“sweet heart”の生まれる場所から

――社会福祉法人のびのび福祉会 のびのび作業所フーズ(東京・江東)

なぜか浮かんだ、懐かしい「縁日」の光景

「ん? 美味いな」

ふだん甘いものは滅多に口にしない私ですが、この夜は違いました。
執筆を終えた夜、自分へのご褒美気分で辛口の白ワインを口に含み、ブラウン色のクッキーを頬張ると、不思議な〝化学反応〟が起きたのです。

「アーモンドプラリネ」。生地にラム酒が沁み込んだ、やや苦みを帯びた濃厚な食感。口の中で転がすと、脳裏に幼い頃の縁日の光景が浮かんで来る気がしました。セルロイドの風車に、原色の風船、金魚すくい、アセチレンランプ、そして浴衣姿の両親と弟の姿……。

「少し酔ったのかな?」 
いや、違います。呑兵衛オヤジがこの程度で酔うはずがない。
フランスの作家、プルーストの小説「失われた時を求めて」の冒頭。主人公が、紅茶に浸したマドレーヌの香りを嗅いだ瞬間、過去の思い出がまざまざと甦って来るシーンは有名です。精神分析学でも味覚、嗅覚と記憶の関係の研究はありますが、「こういうことか」と納得。日頃はチータラやイカの燻製が「ワインの友」なのですが、この日のクッキーは何だか妙に懐かしい。独特の口どけと、微妙な味のバラツキ。お袋が昔、作ってくれたクッキーの香りが立ち上る気がします。

そして、ココア、はちみつレモン、メイプル。気が付けば4種類の焼き菓子をつまみに、ボトル1本を空けてしまいました。何とも幸せな夜の祝祭です。
「ワインの友」となったお菓子を作っているのが、のびのび作業所フーズ(東京・江東)と知ったのは数日後のことです。

「人間らしい個性」に目覚める

sweet heart project 実行委員会事務局へ納品に来た保田さん。国際的に活躍するダウン症の書家、金沢翔子さんの書が大好きです

5月上旬、sweet heart project 実行委員会事務局のある木下財団(東京・中央)で、納品に訪れたのびのび作業所フーズの施設長、保田(やすだ)雄司さんに初めてお会いしました。

作業所フーズの母体、「のびのび福祉会」の理念、沿革等についてはHP(※リンク)をご覧ください。ざっと言えば、約40年前に江東区内で重度障害の子を持つ親御さん、特別支援学校の先生、ボランティアの方々が、民間主導で立ち上げた障害者施設を束ねた組織です。「作業所フーズ」は通所型の自立支援施設で、2015年、レシピもないまま手探りでクッキーづくりを始め、現在の主要な商品群が固まったのは2年前だとか。
「安ワインでしたけど、クッキーとすごく相性がいいんですよ」。私が感想を伝えると、保田さんの笑顔が弾けました。

ここで、保田さんの紹介を少し。1970年、東京・豊島区生まれの保田さんは大学卒業後、中堅スーパーのサミットに入社。3年勤めた後は、中学・高校の国語教師を目指しつつ、アルバイト生活を送ります。福祉の世界に出合ったのは、そんなさ中でした。
最初は江東区の障害を持った子供たちの「放課後デイサービス」。学校から民間施設へ車で移動し、彼ら彼女らを見守りつつ、夕方まで一緒に遊ぶのが仕事です。自閉症の子も、ダウン症の子もいる。

「初めは正直、私も身構えていました。でも、付き合ってみると、大声で泣くし、怒るし、普通の子供たちよりずっと真っすぐで人間らしい。障害も一種の個性みたいなもので、砂場で2~3時間じっと『動きたくない』としゃがみ込む子もいます」

ハンディキャップを抱えた子供たちに特別な感情が湧き、結局、5年間その仕事を続けました。そして「障害者と同じ目線」に立とうと決意します。その後、のびのび福祉会で重度障害者のグループホームを8年、ホームヘルパーを5年、重度障害者の作業所を6年経験し、2020年春から、のびのび作業所フーズの施設長を務めています。四半世紀も福祉の現場を見つめてきました。

「障害者権利条約」は国際法、日本は認識が薄い

5人きょうだいの末っ子の保田さん。性格も穏やかで、おとなしい印象ですが、国の福祉政策などについては一家言ある様子。
例えば障害者の仕事に「清掃」があります。観光バスの清掃や、特別支援学校の掃除、それにペットボトルのキャップの清掃作業……。
「キャップは20人が3か月間、必死で頑張って200㎏分をきれいにし、それで作業代は全部で2000円です」
「え?」。思わず耳を疑いました。

「最後は職員が仕上げを手伝ったりしますが、それでも、みんなが1社会人として働き、僅かでも給料をもらえること、親も『うちの子は働きに行っている』と胸を張れることに意味があるんです」。保田さんの目が真剣に訴えています。「日本は2016年、障害者が他の者と平等に生きる権利などを定めた『障害者権利条約』の締結国になったのに、国・自治体の政策はまだまだ障害者や施設に冷たい。これが国際法だという認識が薄いですよ」

実際、2018年には中央省庁の8割で障害者の水増し雇用があったことが発覚。国民は呆れ返り、障害者団体には衝撃が走りました。「そして今、コロナ禍の中でバタバタと障害者施設も潰れています」

コロナの影響は、「のびのび作業所フーズ」のお菓子も深刻です。従来の販路は、江東区役所内の販売コーナーが50%、区内の団地・商店街などのイベントでの販売がほぼ50%。ところが2020年はイベント販売の需要が〝蒸発〟しました。
そんな難局のなか、昨年12月以降、 sweet heart project から注文が入るようになり、現在はイベント販売分を補える水準まで売り上げが回復したそうです。「大変ありがたいし、利用者の励みになります」。保田さんの優しい目が、光明が灯ったことを確信している気がしました。

福祉と営利の両立は難しい、それでも挑戦を

5月中旬。江東区大島の「のびのび作業所フーズ」を訪ねました。午前11時、保田さんにドアを開けてもらい、一歩、建物に足を踏み入れた瞬間、ココアやミルク、アーモンドなどのまじった、いい香りが漂ってきました。
作業所は、廃業した製パン店の跡地。かつての什器をそのまま活用した厨房では、利用者が11人(本来は18人)、保田さんも含めて施設スタッフの5人が、午前中のお菓子づくりの終盤に入っています。「コロナで外出を控えたり、雨模様の天気で体調が悪いなどの理由で来られない人もいるんです」と保田さん。

作業は、①素材の計量(数字の理解と計算が必要です)、②ミキサーでの攪拌(かくはん)、③生地を丸め、型抜きするなどの成型、④オーブンで焼く、⑤お菓子の梱包、封かん、シール添付……といった工程です。それを日々、役割分担を変えたりしながら、利用者とスタッフのコラボで完成品に仕上げます。商品の品質に妥協は許されません。とはいえ、手慣れた器用なベテランもいれば、体調が優れず、テーブルに突っ伏す人もいる。そこで無理強いしないのが福祉たるゆえん。この日は午後も1時間半ほどの作業があり、計40袋のお菓子を完成させました。「福祉と営利」の両立の難しさは、常に大きな課題でもあります。

厨房横の事務室で、改めて保田さんに話を聞きました。
「お菓子はクリスマスなど寒い時期に売れ、夏にあまり売れないのが悩みです。1年を通じて繁閑の差がなくならないと……」
実は、5人のスタッフが研究・試作を重ね、夏場の「おつまみ需要」を狙った新作が完成したのでした。
新製品は1㎝四方、長さ5㎝ほどのスティック状の商品で、名付けて「サブレフロマージュ(仮称)」。それでは分かりにくいので「チーズクッキー」にしようか、と議論中とか。黒コショウとチーズの2種類があり、6月中下旬にもラインナップに登場する見込み。「福祉と営利」の両立に向けた新たな挑戦です。

作業所のムードも好転しつつあります。「コロナの影響が大きく、利用者さんの工賃を昨年10月から、以前の半分の1人月5千円としましたが、このまま順調に軌道に乗せて月1万円に戻せる日が来てほしいですね」。保田さんは確実な手ごたえを感じているようです。

さあ、いよいよ「ワインの親友」の誕生だ!!

嶋沢裕志
sweet heart project 実行委員
フリージャーナリスト。日本経済新聞社入社、東京本社流通経済部記者、キャップ、デスク、編集委員として、大手流通業の盛衰・解体などを取材。北九州支局長、静岡支局長、地域情報誌「日経グローカル」編集長、 生活情報部編集委員、編集局長付編集委員

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